今これを書きながら外を見ますと、銀世界です。
2,3日前に10インチ(25センチほど)の雪が降りました。
働かない身としましては、素晴らしい景色ではあります。
働いていた頃は、冬になると祈る思いで天気予報を見ていました。
車社会のアメリカ、どこへ行くにも車が必要です。雪が降ろうが槍がふろうが行かねばならぬ~です。
お元気でお過ごしですか?今年も12月の言葉をお送りする時期になりました。
時間の経過は年毎に早くなり、鈍行が快速にそして急行になり特急になり今では新幹線です。
来年あたりはジェット機になること間違いありません。
それにつられ私の容貌の変化も加速度を増しています。
それから、前に自分の中身を磨くために云々とこの12月の言葉で書きましたが、
磨きがかかるどころか年々曇りが増している状態です。(嗚呼)
2月に手術をしました。膵臓の60%を切り、脾臓を全摘出しました。
幸い良性ということでしたので安心いたしました。
20才ごろの盲腸手術、‘88年に子宮と卵巣の摘出そして今回の手術で、
身体前面には縦、たて、斜めヨコと本線が走り、顔面には自然の摂理(聞こえは良いですね)の
結果として、細かく支線が走っております。(またまた嗚呼・・)
という訳で傷には温泉が良いという大義名分を振りかざし、
おっと・どっこいに豪語して日本行きを決行しました。
限られた時間とお金(こちらが特に)ですので、行きたいところや、
会いたい人たち全部に、行ったり会えたりすることが出来なかったのが残念でした。
温泉の湯に傷を浸し世界広しと言えども、日本の温泉に勝るものなしと再確認しました。
9月末から10月にかけて娘・マリアの住むツーサン(アリゾナ州)へ行ってきました。
荷物を運ぶので車の後ろに小さなトレーラーを引き片道2、500マイルほどのドライブでした。
車でのアメリカ横断は2度ほどしておりますので、のんきに構えておりましたが、
あの頃私は若かった・・・です。片道3泊4日の旅はハードでした。
朝陽が出る前にホテルを出発し、出てくる朝陽をバックミラーの中に見ながらひたすら西へ西へと向いました。
テキサス州を通り過ぎるのに2泊しました。ニューメキシコ州に入ると辺りは砂漠だけです。
行けども行けども人家は無く地平線まで道が続いています。
私が住むニュージャージー州からみたら、別の国です。アメリカの大地の広さを実感しました。
帰り道、おっとの妹さんが住むオクラホマに寄りました。南部なまりの家族との時間を楽しみ、
帰る前の日に私が熱をだしました。100度7分でした。今までならこんなことにならなかったのですが、
人間にある臓器が無い、または小さくなったということはやはり大変なことなのですね。
私は甘くみていたのです。
切ったということが実感できなかった(していたつもり)のです。それがいとも簡単に熱が出たことにより、
いかに身体に抵抗力が無いかということが解りました。
と言ってそれを理由に物事への挑戦をしないということはしたくないと思っています。(カッコつけています・・)
さて熱も下がり私が運転して今度は昇る太陽に向って、東へ東へと帰ってきました。
ここは四季がはっきりしていて私は好きです。
それぞれの四季のすばらしさが身をもってわかり、自然への感謝の気持が湧いてきます。
人間も自然の中では、鳥、花などと同じにすぎませんよね。
自然を大切にすることは自分を大切にすることに繫がると思っています。
イラク戦争など暗いことが解決できないまま今年も過ぎていきます。
犠牲になった全ての人たちのご冥福をお祈りしたいと思います。
戦争は決して良い結果をもたらしません。
太陽を浴びて雪がきらきら輝いています。来る年がきらきら輝く年になりますように。
2003年12月